2009/12/16

「拍手」へ、ありがとう

 
 
aozoranomotokareki.jpg


冬支度するのは木々も同じです。
写真はすっかり葉を落とした木(右側)と、左側の木では紅葉した葉が散り残って急な寒気に縮んでいます。
ご近所で、久々の青空をバックに。



メリー・クリスマス!!

街はすっかりクリスマスモードですね。
このブログもクリスマスカラーに模様替えしますね。
こういうことが手軽に出来てしまうところがブログって便利なのですね~、関心しきり・・・。



寒気も流れ込み、幾分冬らしくなってきました。
それでもまだまだ暖冬ですけどね。
(今日の段階では、ですが、天気予報では今週末ごろに雪かも?のようですね。)



ところで、私の不慣れなつたない記事に
「拍手」をしてくださったどなたかに、有難うございます。 

拍手がされているのを見るのは、嬉しいものなのですね~。
ブログ初心者の私ですので、こういうささやかな嬉しさを”初体験”しています。

それと、「拍手」に温かなコメントを入れてくださいました☆☆さまへ、
細やかな愛情溢れるコメントを有難うございます。

短く書いてくださったのは、タイミングのことでしたが、
そうですね、何事もベストのタイミングが有りますね。

行きたかったところに行きそこなったり、行くことが出来たり、
やりたくてもちっとも出来なかったり、いくら強く望んでも、願いが叶わなかったり、
かと思えば忘れた頃に、えっ?と願いが叶ったり、

あるいは全然違う方向に展開していて、ふとああこれでよかったんだと思う気づきなりに遭遇したり・・・・、

いろいろなことが必ず思うように進むわけではないのですが、
思うように進んでいなかったとしても、

そこにきっとベストの意味があり、ベストのタイミングがあるのでしょうね。

コメントは短くっても、
大きな嬉しさで受け止めさせていただきました。
有難うございました。




さてクリスマスから年末にかけてのお仕事や私事で
ブログ更新は少しの間、お休みします。


素敵なイブを
そして良いお年をお迎えくださいませ。
☆ Love & Light ☆ 







暮らしの中で ~あれこれ~
2009/12/14

ショック! 行きそこなった展覧会 鈴木丘・作品展

 
何気なく、
昔から私が勝手に一ファンさせていただいている、
アーティスト(工芸鋳金家)のお名前を検索して、作品展のブログ記事を見つけました。

ショック!!!
昨年、もう終わっている・・・・・・。


鈴木丘(きゅう)氏は鋳金ですばらしい彫刻作品を手がけていらっしゃいます。
この展覧会は、場所とのマッチングも、さぞや素晴らしかったことでしょうね。


昨年は何かと私が体調を崩したり、いろいろで・・・・、
気が回らなかったんですね。

行きたかった~(涙)。


こちらのブログは建築美と合わせてフォーカスされています。
お書きの方の視点が素晴らしいと感じますので、

建築やアートに興味がおありになったら、どうぞご覧下さい。
こちらです。










絵や美術展&アートティックショップ
2009/12/14

水の精霊? 祖父が見たものは・・・

 
昨夜、休み際にふっと思い出して考えたことをシェアしますね。 

明治生まれの祖父は、私が小学3年の時に亡くなっていますので、
相当古い記憶です。

祖父は清流釣りによく出かけていたようでした。
好みの釣り場は、山の奥深い方にあるようでした。

確か私が小学校に入学して間もない頃だったか、

釣りに出かけていた祖父がいつもより早く帰ってきて、
息子である父に、うろたえ気味に話しているのを聞きました。


霧のように、幻のように、
女の人が川の水の上に立ち現れて、これより先(山の奥に)に入って釣りをしてはいけない、
魚を殺してはいけない、帰りなさい、というようなことを言われたのだそうで・・・・・。
びっくりして腰が抜けそうで、釣りはしないで大急ぎで帰ってきたと。


傍に居た母が、そりゃね、水しぶきが光ったか何かでそう見えたんだろう、
錯覚よ、気にすることはないよ、などと言うと、

いいや、違う、ちゃ~んと姿が見えた、声がしっかり聞こえた、錯覚なんかじゃない、
浮かんでいた、光って綺麗だった、透きとおっていた、川の水の上に立って現れた、
優しい物言いだった・・・・・・
などなど、相当うろたえ気味にいろいろ言っていた。
あれほど美しいモノがこの世のものであるはずはない・・・・などとも。

信じられないものを見たような顔つきが、
何かしら祖父にとって信じがたい何かを確かに見たらしい、ということを物語っていた。

父はなんだか判らないけれど、その場をとにかく治めるのが自分の役目とばかりに、
不思議な体験をしたものだな~と、一応祖父を労わると、
もう歳も歳だから、釣りは足場も危ないし、
この機会に止めたらどうかと、普段から気になっていたことを提案する。

祖父はよほどその幻?の女人のことでショックを受けたのか困惑したのか、
そうだな~そうする、と妙~~に素直に同意すると、
以後本当に一度も、釣りには出かけなかったのでした。

でも魚料理を食べることは別問題だったようですけどね。(笑)


この約2年後に祖父は亡くなったわけですが、
何十年も経って昨夜何気なく思い出してみると、
祖父の最後の釣りの日に、
清流の水の上に見たという女性とは何だったのだろうか、とふと思ったのでした。


母が言っていたように何かの影響での錯覚だったのか、
それとも祖父が、もしかしたらこういうことかもと、首を傾げながら考え、
その後滅多に口にこそ出さなかったものの、心では信じていたらしいように、
山や水に関わる何かしらの精霊だったのだろうか?
(祖父は水の精霊?と戸惑いつつ思っていたようでした。)


このことは、謎めいたまま、
忘れ去られていたのですが、

しかし自然界とは神秘に満ちているものですよね。
ことに当時、(祖父がその日出かけた辺りは)人がまだあまり踏み込まない場所だったようなので、
となれば神聖さも充分保たれていたことでしょう。

そういう場所ならば、祖父が見たこういうのって、意外と当たり前に”有り”だったのでは・・・・・?


ね~、お爺ちゃん、ちっとも異常事ではないヨ。錯覚じゃないヨ。私は信じるからね。



ところで、人間が肉体の目に定常的に見えるものだけがこの世に存在するという
奇妙な制限を視野に設けるようになったのは、
人類のいつの時代のころなのでしょうね~?

自然に深く親しむ人々は、この制限の範囲が違うかもしれませんね。


少なくともこの日、祖父は知ったようなのでした。
自然界の何かしらの精霊の存在を・・・・・・。
そして自分の視野の制限が少し破られたようなのでした。



この日の祖父に捧げるつもりで
ドリーン・バーチューさんのフェアリーオラクルカードから一枚

magic2.jpg
  Magic of Nature 
  自然の力






ふいに思いだした、幼い頃のある日のホーム出来事でした。











暮らしの中で ~あれこれ~
2009/12/10

ヒーリングの受け体験  ユニークだったSSS&FSSヒーリング

 
師走ということで、
みなさま、お仕事の整理やクリスマスの準備などでお忙しくないですか?

私もそれなりに時間に追われていますが、

師走の整理の一環で、
今年、どんな感じなのかを試してみようと
実際に受けてみたニュータイプのヒーリング体験について
振り返って少しまとめてみますね。

今回はSSSヒーリング&FSSヒーリングについて。
(土星から新しくダウンロードされたヒーリングだそうで、
私にとって未知のヒーリングでした。)

各一回づつ受けてみました。
それぞれ微妙に違うものだそうですが、
私にとっては両方で1セットだったようです。

ここでは
この1セットの2回目になるFSSヒーリングの時のことを書きますね。

受け方は遠隔です。



☆----------------


始まる前にスカイプで、少しお話ししました。
では始めましょうと、スカイプを閉じて横になりますと、
エネルギーはすぐに来ました。


はじめに右半身に電流のような、でも柔らかなエネルギーが軽く流れるのを感じ、
右手、右足がぴくぴくぴくッと、反応しました。

(始まる1時間ぐらい前から、なぜか嗚咽するインナーセルフが居たのですが、
始まった時には目から涙がにじんでいました。
ですが、何か悲しいなどの感情がある訳ではなく、
ただなぜか目から涙がにじみ出るという感じでした。)


最初に現れたビジョンは
灰色の土の地肌が多く見える(痩せた土壌のイメージの)草原のようなところで、
周りは真っ暗で、
スポットライトで足元を照らしながら歩いているように、視点が移動していました。


少し移動してから、誰かに向かって、私のインナーセルフが手を差し伸べます。
向こうからも手が差し伸べられます。
手と手が触れ合い、触れた手を握りますと、それは木の細い枝のような手で、
ハッとすると、手の向こう側に、ふっとETのような姿が見えました。
周りは暗闇です。闇の中に微かに見えた顔は
温かみのある笑顔の気がしました。

(この表情の感じを、後で振り返ってみますと、
チャップリンの名作映画”街の灯”のラストシーンで
チャップリンが演じて見せた、切なく哀しく、でも慈愛にみちたあの独特な笑顔に
似ていたような・・・・・。)


その瞬間、故郷ということばが浮かび、ここでどっと涙が溢れ出ました。
が、瞬時に、灰色の砂漠?の景色にビジョンが変化して、ETの姿も消えました。


次に、
頭の左右の脳が、右脳と左脳が交互に、前後にぎしぎしと動き始め、
吐き気がして、
乾いた暑さを感じ始めました。

喉の奥の方で、三日月形にさっと切られたように穴が開き、
そこから砂?が(とてもキメの細かいエナメル質の感じの何か)流れ込む場面が見えました。


以後の順番ははっきり思いだせないのですが、
脳が左右に分解されたみたいになって(うまく説明できませんが)、
とても苦しくなり、
とてつもない暑さを感じて、悶えました。

暑さは、こうしたエネルギーワークで通常感じる熱とは雰囲気が違い、
乾いた日照りの暑さで、
暑~い、水がほしい~!!!水~!と感じていました。


ふと気付くと
ベッドの回りに身長1メートルぐらいの、しかし透明な存在が大勢取り囲んでいて、
彼らは非常に早口で、何かをピーピーと喋っているようで、
騒がしい感じがしました。
ETたち?と思いました。
なぜか彼らを丸ごと抱きしめたい衝動に駆られたのですが、
すごい暑さが押し寄せてきて、出来ませんでした。
強烈な熱が放射されていて、熱縛されている感じでした。


たぶんそのころから、
今度は左脳が串刺しになっているみたいな感じがして、
熱い火で串焼きでもされているような気がしました。
串は細いレーザー線のようで、左目の後ろを、左のやや上から下に向けて貫通していて、
左の目の後ろ辺りを通っています。
その状態で左脳が上下や前後や左右にぎしぎし動き、
激しい頭痛と相変わらずの強烈な暑さとで悶えました。

レーザー線は胃の辺りまで貫通しているらしく、
時折、胃にも痛みが走り、嘔吐しそうにもなりました。

右はどうなっているのかと意識を向けると、
右脳の方は、平穏でとても静かで、右には全くアプローチがされていないようでした。

しっかし、苦しい~~!!!!と、
強烈な暑さから逃れるようにうつむきになったりしましたが、
どう向きをかえても暑さで体が焼かれているかのようで、苦しいままです。
体の向きを変えたときふと時計を見ると、開始から30分が経過していました。
セッション時間は1時間の予定でした。
このままあと30分持ちこたえられるかしら?とあまりの強烈さと苦しさに
不安もよぎりました。


このころ、(何の理由もなく)
”土星には水がないんだ、地球には水がある、地球は水の惑星、だから私は地球に居るんだ!”
っと思いました。


左脳が串刺しで串焼きされているような状態のまま、
(周りには透明なETらしい存在が大勢取り囲んで、
強烈な暑さで、熱縛されたままです。)

頭によぎったこと、
こ、これがヒーリング・・・・・?く、苦しい~!!
これって脳手術と違う?
彼ら(ETたち)は外科医?

ならば、普通、麻酔とかするのじゃない?ぐ、く、苦しい~!麻酔ぐらいして~!!!


後はぱったり記憶がありません。
(眠ったようですが、麻酔してくれたのかも・・・・・?)
はっ!と目覚めると開始時間から1時間15分が過ぎていました。


部屋には何の異常もなく静まり返っていて、暑さもすでに引いていました。
ET?たちの姿も(当然ですが)どこにもありません。
当然のことの方が信じられない気がしました。


そのまま(呆然自失っぽく)横になっていましたが、
しばらくして起き上がってみると、
目がずいぶんすっきりしていて、
強固な眼精疲労が取れていることに気付きました。


軽く瞑想してみますと、
松果体の辺りが、磨き上げられたように、
ピッカピカになって光っているのに(内側の目で)気づきました。
すご~~即効力???・・・・・(?_?)。


これは左脳にこびり付いていた思考のインプラント(垢)のようなものが、
強烈な熱線アプローチで取り除かれたのかしら?と思いましたが、

しかしまぁ、強烈だったな~~~(@_@)と、正直ショック状態でしたので、
夜更けでもありましたため、その日はもうショック寝することにしたのでした。(笑)



ちなみに最初に受けたSSSヒーリングでは、とても柔らかでソフトな印象で
気持ち良かったというのが全体の感じでしたので、
感じ方の極端な違いに驚きました。



翌日、ファシリテーター様に感想を書いてお送りして
思い出すと
現れたETたちの波動というか雰囲気は、

(この日感じたET?は土星の存在なのかしら?と思ったのですが、
ファシリテーター様(ダウンロード元のSawako様)からの返信メールには、
受け手様に関連のあるETと書かれていまして、
どこの・・・・という風に特定はしない方が良いようでした。)

天使や高次マスターたちと明らかに様子が違っていて、

超早口のお喋りで、人懐っこさもあって、ちょっと可愛くない?というのが
翌日の(ショックからすでに立ち直ってからの )感想でした。(笑)




☆----------------



強烈で、セッション中、体感的には苦しさが強かったのですが、
学びのヒントも散りばめられていた気のする面白い経験でした。


あとは自分のペースで消化しながら、
ヒーリング効果をゆっくり味わって行こうと、
思っていた矢先・・・・・・・・、


続き?と思われる”ET出来事”が、
後日にあったのでした。


それについては、いづれまたね~。

今日は、ここまでにしま~す。












ヒーリング受け体験
2009/12/08

お買い物のついでにetc 


Bleisig_bird.jpg

この写真は私が写したものではなく、
或る素敵な女性(Kさま)からメールで送っていただいたお写真です。
鳥が、犬の声に驚いてダッシュで水の中に逃げて行った光景だそうです。

マイナスイオンがいっぱいのイメージしませんか?

忙しい時間の合間、このような写真で目と心を癒しましょ。
(K様、素敵なお写真ギフトを有難うございました。(^^* 
写真のマイナスイオンに癒されてます。)



今日は良いお天気です。
窓の外には雲ひとつない薄青の空、
秋らしい(本来は冬ですけどね)澄んだ空気
民家やマンションの間からは、色付いた紅葉が見えます。


さて昨日は、6年も愛用した街中用ウォーキングシューズが
7年目にして中生地が破れているのを見つけてしまい、
とうとう買い換えようとデパートに出かけました。

でも不況の風?
なんだか人が少ないのでした。
曜日にもよるのでしょうが、スタッフの人ばかりに見えて・・・、
そのかわり、たった一足の靴を探すのに
とっても丁寧親切に、時間をかけて試着させていただき、
親身に対応していただきました。
スタッフの方は、ずっとしゃがみぱなしで、腰、大丈夫かしらと思うほどで、
販売のお仕事もなかなかきついことでしょうね~。
でも丁寧接客を有難うございました。

デパートは、或る意味で街の顔というような面もありますよね。
不況の中ですが、頑張っていただきたいものです。
とは言え滅多に買い物のない私ですが。 (^^;

それでも美術館の方には気になる展覧会があれば出かけています。
なので、そちらの視点でほんの少しだけ宣伝のお手伝いしちゃいますね。

次回の美術展です。
松坂屋本店南館にある松坂屋美術館での絵画展です。
100周年の記念イベントだそうで、
なかなか気合が入っているみたいですよ。

burugiouritubijyutukan.jpg



印象派絵画が中心のようです。
今週の土曜日からですね。
2月14日までと期間もたっぷりあります。

で、私はどうするかって?
印象派の絵は何度も見ていますが、何度見ても良いものですから、
どこかのタイミングできっと見に行きますよ。


上の、水辺の鳥の写真で感じられる、
息をいっぱい吸い込みたくなるような、
清々しいマイナスイオンこそないでしょうが、

人間たちが生み出した、絵という色彩の花も、時には楽しみましょ。 







絵や美術展&アートティックショップ
2009/12/05

あの雲のあたりへ  八木重吉さんの詩


雨のずっしり降りしきる今日、

書棚の隅で長い間眠っていた、
古~~~い詩集に、呼ばれるように手が伸びました。

青春時代に心の打たれた詩
歳を重ねて私はずいぶん変化したものですが、
同じ詩に、昔と同じように心を打たれる私さんが
私のなかにはまだ居てくれたようです。

八木重吉さんの哀しいまでに透明な詩です。
詩集の最初の2、3頁から、
目に入った範囲で、幾つかだけシャアさせていただきますね。



「八木重吉詩集 鈴木亨編 白凰社出版」より



~ 白い夜 ~

白い 枝
ほそく 痛い 枝
わたしのこころに
白い えだ



~ 哀しみ火矢 ~

はつあきの よるを つらぬく
かなしみの 火矢こそするどく
わずかに 銀色にひらめいてつんざいてゆく
それにいくらのせようと あせったとて
この わたしのおもたいこころだもの
ああ どうして
そんな うれしいことが できるだろうか



~ フェアリの 国 ~

夕ぐれ
夏のしげみを ゆくひとこそ
しずかなる しげみの
はるかなる奥に フェアリの 国をかんずる



~ おおぞらの こころ ~

わたしよ わたしよ
白鳥となり
らんらんと 透きとおって
おおぞらを かけり
おおぞらの うるわしい こころにながれよう



~ 植木屋 ~

あかるい 日だ
窓のそとをみよ たかいところで
植木屋が ひねもすはたらく

あつい 日だ
用もないのに
わたしのこころで
朝から 刈りつづけているのは いったいたれだ



~ ふるさとの 山 ~

ふるさとの山のなかに うずくまったとき
さやかにも 私の悔いは もえました
あまりにもうつくしい それの ほのおに
しばし わたしは
こしかたの あやまちを 讃むるようなきもちに
 なった



~ しずかな 画家 ~

だれも みているな
わたしは ひとりぼっちで描くのだ
これは ひろい空 しずかな空
わたしの ハイ・ロマンスを この空へ 描いてや
 ろう



~ うつくしいもの ~

わたしみずからのなかでもいい
わたしの外の せかいでもいい
どこにか「ほんとうに 美しいもの」は ないのか
それが 敵であっても かまわない
及びがたくても よい
ただ 在るということが 分りさえすれば
ああ ひさしくも これを追うに つかれたこころ



~ 鉛と ちょうちょ ~

鉛のなかを
ちょうちょが とんでゆく



~ 花になりたい ~

えんぜるになりたい
花になりたい


~ 無造作な 雲 ~

無造作な くも
あのくものあたりへ 死にたい



☆---------------------



昔、私は重吉さんの詩の「無造作な 雲」が
大好きでした。

幾百回ともなく、空を見ては、
あの雲のあたりへ・・・・・と思ったことか・・・・・。

八木重吉さんが、この2行だけの詩をどんな心境で書かれたのかは
ご本人しかわからないことでしょうが、

私の印象は、空(くう)になりたいという感じかしら?
それも無造作に・・・。

少し言葉を足しますと、
こころが澄んで透きとおって
固いものが何もなくなって、
ただの光の粒子になって
あの雲のあたり(澄んだひかりのふところ辺り)に溶けたい・・・・・という感じかしら?
(私の勝手な印象ですけどね。)

空(くう)になりたい、でもなれない私は、心が悶々としているとき、
よく空を見上げては、
重吉さんのたった2行の詩をハミングするように思い出していたのでした。^^


八木重吉さんは
哀しいまでに透明な、美しい幾多の詩をお残しになって、
昭和2年に、30歳の若さで、肺結核で亡くなられています。



重吉さんは、詩に書かれたように(上参照)
きっと”えんぜる”に、お成りになっていらっしゃることでしょうね。

そうして、あの雲のあたりで
ハイ・ロマンスを
描いていらっしゃるかもしれませんね。

あるいは、透明な、フェアリの国で
うつくしい、ひかりの花に、なっておられるのでしょうか? 










詩より | Comments(0)
2009/12/04

「日本の自画像」展 ~写真が描く戦後~ 愛知県立美術館

syuusenntaiyou.jpg
「終戦の日の太陽」 濱谷浩氏 1945年撮影


この写真は、「日本の自画像」展の始点として展示されていたものです。

太陽に土星の輪のようなものが架かっているのが見えます。
天文学的にどうなっていたのかは判りかねますが、
何とも象徴的で神秘的な写真に見えませんか?

土星の輪のようなものは、横から突き刺さった剣にも見えます。
戦争にひた走ったひとつの時代の終焉を物語っているのでしょうか。

また、見方を変えると、遠くから両手を開いて近付いてくる赤ちゃん(天使?)にも見えます。
新しい時代の始まりを示しているのでしょうか。

そしてUFOにも見えます。
”未来”への大きな意味でのフォーカスを告げているのでしょうか。


終わりと始まりと未来を同時に暗示しているような・・・・、
不思議な写真です。


終戦の日の、その当日の太陽に
このような瞬間を捉えた写真家がいらしたのですね。


図録の説明を読みますと、氏は1945年8月15日に終戦の放送を聞いた後、
近くの善導寺(氏の当時の疎開先)の2階に駆け戻り、
空に燃えさかる太陽を撮影しようと、天に向けてカメラを取り上げた。
と書かれています。

何が氏にそうさせたのか・・・・・・と、図録の記事は続きますが、

実際、何がそうさせたのでしょうね。
はたして氏ご自身だったのでしょうか?それとも太陽が氏にそうさせたのでしょうか?
空想的にも、さまざまに考えさせられますね。




下はパンフレットです。
愛知県立美術館で12月13日まで開催されています。
anotoki1.jpg
「紙芝居」 土門拳氏 1953年撮影



展覧会について、図録の説明文を少しお借りしながら説明しますと、
太平洋戦争が終わり、荒廃した国土から出発した日本がわずかな期間に劇的な変容を遂げてゆくことになった
1945年(終戦)から1964年(オリンピック開催)までの激動の時代を
カメラで記録した写真展です。

パリ在住の日本写真史研究者であるマーク・フューステル氏によって写真の選編集が行われているそうで、
西洋に位置する若い世代の眼差しで編集されたという点にユニークさがあるでしょうか。


写真はすべて、日本を代表する写真家達によって撮影されたものです。
厚い図録から一部をコピーさせていただきますと、




hurouji2.jpg
「煙草をくゆらす戦災孤児」 林忠彦氏 1946年撮影

↑この少年達は無事生き抜いたのでしょうか・・・・?



matikomaki.jpg
「真知子巻きでおつかい」 田沼武能氏 1955年撮影



sibuya.jpg
「渋谷駅前の交差点 東京」 長野重一氏 1956年撮影




syoku.jpg
「職を求める人、飯田橋職業安定所 東京」 林忠彦氏  1953年撮影

↑この写真には胸が締めつけられました。




と、もっとご紹介したいところですが、
厚い図録の頁からコピーをするには
私のスキャナでは無理があって、ここまでとさせていただきますね。
{図録:日本の自画像 写真が描く戦後1945-1964より 発行:クレヴィス)



展示されている写真は168枚もあって、
なかなかのボリュームですし、
内容面でもかなり見ごたえがありました。



下は案内パンフレット裏面です。
syasinntirasiura.jpg


展覧会の構成の仕方は、
終戦を始点として、日本人がいかに素早く、アメリカナイズ?されてゆきながら、
しなやかに(したたかに)、がむしゃらに、強靭に、柔軟に、
復興を遂げて行ったかを追う流れになっているようでした。


ですが、写真家達の眼差しは、
必ずしもそういうことばかりに向けられている訳ではなかったようです。

168点にも及ぶモノクロ写真は、
シビアに社会の様子や人々の暮らしを実写し、
包み隠さず時代を語り、イデオロギーを語っています。

同時に、人間というものの哀しさや愚かしさを、
弱さや強さを、
生きることの辛さや切なさを、また尊さや素晴らしさをも、
語ってくれているように思えました。


見ている途中で、ふとこんな言葉が思い出されました。
生きるために生きる、何の訳があらんか・・・。

たぶん何かの本で垣間読んだ言葉だっただろうと思うのですが、
生きるに訳などいらない、ただ生きる、
生きること事体が、宇宙の何億万の星の全部ほどの価値がある、
というような意味だったかと・・・・・・。



今、新しい変動の時代となっています。
生きるということが困難に感じていたり、
生そのものが、おろそかにされていたり、
また生きることの有り方も問われてさえいる時代です。


今という現在社会の土台ともなっている
戦後復興の時代を、写真を通して振り返ることは、
こういう今だからこそ、とても有意義ではないかしら?と感じました。


感慨深い展覧会でした。


皆様もご都合が許すなら、どうぞお出かけくださって、ご覧あれね。
会期はあとわずかですが・・・。









絵や美術展&アートティックショップ
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